青森地方裁判所 平成元年(ワ)39号 判決 1992年5月19日
原告
篠谷行政
右訴訟代理人弁護士
横山慶一
被告
東日本旅客鉄道株式会社
右代表者代表取締役
住田正二
右訴訟代理人弁護士
長谷川靖晃
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 控訴費用は原告の負担とする
事実及び理由
第一原告の請求
1 原告が被告に対し労働契約上の権利を有する地位にあることを確認する。
2 被告は、原告に対し、金四二五万七四二七円及びこれに対する平成元年二月一九日から支払済まで年五分の割合による金員並びに平成元年二月一日以降原告を復職させるまで毎月二五日限り金二六万七一二〇円を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実
1 被告は、日本国有鉄道改革法に基づき日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)の承継法人の一つとして、昭和六二年四月一日に設立され、国鉄の行ってきた旅客鉄道事業のうち、本州の東日本地域の事業等を引き継いだ株式会社である。
2 原告は、昭和四一年四月一日、国鉄に雇用されて盛岡鉄道管理局一ノ関管理所運転科に配属され、昭和五五年二月からは青森車掌区の車掌として勤務し、被告設立後も引き続き被告に雇用されて青森車掌区の車掌として勤務していた。
3 被告は、昭和六三年二月二五日、被告盛岡支店長小野尚志名義で、原告を懲戒解雇処分(以下「本件処分」という。)に付した。
本件処分の事由は、「原告は、昭和六三年二月一一日午後零時四五分ころ、休日のところ酒気を帯びて職場に立ち寄り、社員間で話をしていたが声高となり、管理者からの注意に対して紙を丸めて投げつけるなど、点呼執行を妨害した。さらに、注意をした当務区長に対して乗務割表を投げつけたほか、管理者に対して暴言並びに暴力行為を行い、二名を負傷させた。この行為は、職場規律を著しく乱す行為であるとともに、管理者に暴行の上傷害を負わせたことは、社会人としての自覚に欠ける行為であり、被告社員として著しく不都合な行為であり、被告就業規則一四〇条三号及び同条一二号に該当する。」というものである。
二 本件の争点
1 本件処分の事由(懲戒事由)の存否
2 本件処分は懲戒権の濫用として無効であるか否か。
三 争点についての当事者の主張
1 争点1(本件処分事由の存否)について
(一) 原告
原告は、昭和六三年二月一一日午後零時四五分ころ、休日(非番)のところ酒気を帯びて青森車掌区に立ち寄り、同所にいた大山車掌と同人が国労を脱退した際の発言を巡って口論となったが、本件処分の事由のような管理者からの注意に対して紙を丸めて投げつけて点呼執行を妨害したり、管理者に対して乗務割表板を投げつける等の暴力行為に及んで二名を負傷させたことはない。
被告は、原告が、大山車掌と口論していたところ、これを注意した横山助役に対し持っていた紙を丸めて投げ付けたと主張するが、原告は、持っていた紙を丸めて後ろ向きに放っただけで、横山助役に「投げ付けた」ものではない。また、被告は、原告と横山助役が揉み合いとなった際に止めに入った葛西助役に対し右上腕を掴んで傷害を負わせたと主張するが、原告が葛西助役の右上腕を掴むという暴行は加えたことはないし、仮に、そのような事実があったとしても、原告は悪意をもってしたものではないから「暴行」といえるような行為ではない。さらに、被告は、原告が、乗務割表板を横山助役に投げ付けて頭頂部に傷害を負わせた等と主張するが、原告は、乗務割表を棚から取り出して棚の上に置いて見ようとしたところ、手元が狂い乗務割表を狭んでいた乗務割表板が棚の上部にぶつかって、横山助役が座っていた当務区長席に落ちてしまったものであり、その際に横山助役に傷害を負わせてしまったが、それは過失に基づくものであって、故意に横山助役に乗務割表板を投げ付けたものではない。さらに、被告は、原告が原告を追い掛けてきた横山助役に振り向きざま右手拳で殴りかかったと主張するが、原告は、横山助役の呼び止める声に振り向いただけで、横山助役に対し殴りかかったことはない。
(二) 被告
本件処分事由となった事実は、次のとおりである。
(1) 原告は、昭和六三年二月一一日は休日(非番)であったところ、同日午後零時四五分頃、青森車掌区乗務員室に入ってきて、同室にいた大山秀平車掌を見付け、同人に対し、「秀平、おめ、国労になにも世話になっていねってしゃべったって。」「お前が借金で困っている時、面倒を見てやったのになんだ。」という趣旨のこと等を言って同人をなじり始め、その声は段々と大きくなり、乗務員室に隣接する当直室まで聞こえるようになった。そこで、同車掌区行路担当助役であった清沢助役が、原告に対し、「職場で騒ぐな、出ていってくれ。」と言ったところ、原告は、「何を、本当のことを言っているだけだ。」と応酬した。
(2) 原告は、その後、一旦治まったかにみえたが、再び乗務員室で、大山車掌に対し、「この裏切り者」等と暴言を吐き、なじり始めた。この時、同車掌区の横山助役は、第五三六列車に乗務する高村車掌と乗務点呼中であり、原告の罵声が大きく点呼に支障を来すことから「篠谷うるさい。点呼中だから静かにしてくれ。」と言ったところ、原告は、「いい気になるな。」と言うや否や、持っていた紙を丸めて横山助役に投げ付けた。そのため、横山助役が、カウンター奥から乗務員室へ行き、原告に、「篠谷、なんで物を投げるのか。」というと、原告は、横山助役の胸倉をいきなり両手で掴み、「こっちへ来い。」と言って、ロッカー室の方へ引っ張ったため、その場に居合わせた葛西、清沢、小松の各助役が止めに入り、両人を引き離した。すると、原告は、今度は葛西助役に対し、「お前、何だ、こっちへ来い。」「俺の相手になるのは誰だ、葛西、お前か。」と言って、葛西助役の右腕を強く掴み引っ張ったので、葛西助役が、「何をするんだ、離せ。」と言ったところ、原告は掴んだ腕を離したが、葛西助役は、右暴行によって、加療一週間を要する右上腕挫症の傷害を負った。
(3) その後、原告が落ち着いたかに見えたので、横山助役は、点呼を終えて、当務区長席に戻り、記張事務を執り始めた。ところが、間もなく、原告が、横山助役の座っている当務区長席脇のカウンターのところに来て乗務割表を見ていたので、横山助役が原告のほうをチラッと見ると、原告が、「横、いきがるなよ。」と言ったので、横山助役は、「なんだ。」と言って立ち上ったところ、原告は、横山助役に乗務割表板を投げ付けた。横山助役は、咄嗟に身体を左に傾け、頭を下げたが、避け切れず、乗務割表板が横山助役の頭頂部に当たり、横山助役は、一〇日間の加療を要する頭頂部打撲血腫の傷害を負った。横山助役は、カウンターを飛び越え、「篠谷」と叫んで原告を追い、問い質すために原告と対峙しようとしたところ、原告は、立ち去る姿勢から振り向きざまいきなり右手拳で横山助役の左顔面に殴りかかったが、横山助役は、右に身体を傾けてこれを避けたので手拳は空振りに終わった。横山助役は、その場で次の攻撃を抑えるため原告を前から抱きかかえ、揉み合い状態になったところへ、高村車掌の他、清沢助役や葛西助役等が駆け付け、高村車掌が原告の後ろから原告の体を抱えるように止めたが、原告はこれを振り切って逃げた。その後、鉄道警察隊が現場に到着した。
(4) 青森車掌区長土橋守夫は、当日自宅にいたところ、葛西助役から事件の報告を受け直ちに車掌区に赴き、関係者の供述を把握した上、同日午後五時五〇分ころ、原告の弁明を聞くため原告に対し出頭を命じたところ、原告は休日であることを理由にこれを拒否した。そこで、土橋区長が、原告に対し、暴力行為の有無及びその意図を質したところ、原告は、「自分はそんなことは知らない。」の一点張りであった。土橋区長は、原告が自己の行為を否定するのではなく、「知らない。」と述べることは筋が通らないので、とにかく車掌区で待っているから出頭するように原告に命じて、同日午後一一時ころまで同区で待機していたが、原告は出頭しなかった。
原告は、翌一二日も非番であったため、土橋区長は、同日午前九時ころ、再び原告の自宅に電話をし、原告に対し直ちに出頭するように命じたが、原告は休みを理由に区長の命令を拒否した。
同月一四日、原告が青森車掌区に出勤したきたので、土橋区長が事件当日の事情を聞いたところ、原告は、詳しいことは一切述べず、ご面倒をかけ申し訳ないという旨のことを述べるだけであったので、土橋区長は、原告に対し、始末書の提出を求めた。そして、同月一五日、土橋区長が、原告に対し、負傷した横山及び葛西両助役の治療につき「治療費のことだが、払うんだね。」と聞いたところ、原告は、「いくらなんだ。」と答えるのみであった。同月一六日、土橋区長は、原告が青森警察署において取り調べを受けたことについて、原告に対し、その内容をまとめて提出するよう指示したが、原告は、頭が痛い等と言ってこれを拒否した。
2 争点2(懲戒権の濫用)について
(一) 原告
本件処分は、次に述べる事情に照らせば、処分の量定に客観的妥当性、合理性に欠いた著しく苛酷なもので、裁量権の濫用である。
(1) 本件処分の著しい不均衡
<1> 原告は、横山助役に対し悪意をもって紙を放ったものではなく、同助役に対する傷害行為も過失に基づくものであり、その傷害の程度も軽微なものである。また、葛西助役に対し右上腕部を掴むという暴行を加えたことはないが、仮に右上腕部を掴んだとしても、その傷害の内容等からすれば、右行為は「暴行」とはいえないものである。
<2> 原告が、酒気を帯びて青森車掌区に赴いた行為は決して好ましい行為ではないが、原告は、当日非番であった。
<3> 原告は、大山車掌と同人が国労を脱退した際の発言を巡って口論をし、また、これに対する管理者の対応に若干興奮し、一時的にせよ乗務員室を騒がせてしまったが、そのことについては非番が明けた二月一四日に始末書等を書いて反省の態度を示している。
<4> 原告の行為について捜査をしていた青森警察署の取り調べ担当者や青森地方検察庁の検察官は、本件を重視しておらず、むしろ、当事者で話し合えば解決する程度の問題であったと考えていた。本件が右のような事案であったことから、原告は、被害者との示談も成立していなかったのに不起訴(起訴猶予)処分となった。
<5> 被告の盛岡支店管内における業務中の職員間の暴行事件は、本件以外にも数件あり、その中には、一般乗客が多数いる面前でなされたものもあるのに、懲戒解雇処分となったのは原告のみである。しかしながら、原告のみが他の者と異なり重い懲戒解雇処分を受けなければならないような特別の事情は見受けられない。
右のとおり、原告の行為の内容・結果、他の職員間の暴行事件の処分との比較等に照らせば、被告の行った本件懲戒解雇処分は重きに過ぎ、著しく均衡を失しており、被告に与えられた懲戒についての裁量を大幅に逸脱している。
(2) 本件処分の拙速性
<1> 土橋区長は、横山助役や葛西助役をはじめ、当時乗務員室にいた者をして目撃した状況を供述書に記載させているが、右供述書の内容には種々矛盾や相違が存在しているにもかかわらず、土橋区長は、その矛盾・相違を解消する努力をせず、かつ、原告から事情を聴取することもなく原告の暴行行為が存在するものと判断して被告盛岡支店に報告し、被告盛岡支店においても、原告から事情聴取をすることなく、原告の暴行行為が存在するものとして、本件処分をした。このように一定程度の裁量権が認められている懲戒権の発動であっても、被処分者たる原告から事情をまったく聴取することなくされた本件処分は、その手続に瑕疵がある。
なお、原告は、土橋区長から本件当日の夕方と翌一二日の朝に区長室に出頭し、事情を説明するように言われたが、区長室に出頭しなかった。これは、原告が両日とも非番であり、事情を説明するために区長室に赴く必要がなかったからであって、原告が出頭しなかったことをもって弁明の機会を放棄したとはいえない。
(2) 被告においては、懲戒処分は賞罰審査委員会における賞罰審査を経て決定されることになっているが、原告に対する本件処分は、賞罰審査委員会を開催できない事情がないにもかかわらず持ち回りで審査された上、決定されたものであるから、本件処分の手続は、慎重さを欠く不適切なものである。
右のとおり、本件処分を行うに当たって、被告の行った諸手続には問題があり、本件処分は拙速な処分である。
(3) 本件処分の不当労働行為性
原告は、昭和四二年に国労の組合員となり、昭和五七年から青森車掌区の分会長に就任していた。
本件が発生した当時、国鉄の分割・民営化の過程において国労に対する差別的取り扱い、脱退工作等がされていたが、国労組織は一定程度残り、また、国労に所属していても、希望者の大部が被告に採用された等のことから、被告は、国労組織を弱体化するため、国労に対する様々な攻撃を、被告の管理者としての立場や東鉄労という組合の組合員としての立場を使い分けて加えており、原告の在籍していた青森車掌区においても、例に漏れず国労に対する攻撃がなされていた。むしろ、青森車掌区においては、他の職場に比べて、国労組合員の比率が高かったこともあり、その攻撃は執拗なものであった。点呼時における「指針唱和」を利用した攻撃や組合バッジに対する干渉などもその一環である。
このような被告の国労に対する攻撃に対して反撃の先頭にいたのが、原告であり、青森車掌区の管理者は原告に対しよい感情を抱いていなかったので、原告は、本件当時、車掌としての本務を外され、運転所の除雪作業に回されていた。
本件処分は、原告を青森車掌区から排除し、国労組織を弱体化させる意図の下にされたもので、不当労働行為性がある。
(4) 非違行為を本件処分の正当化の根拠とすることの不当性
<1> 被告が主張する原告の非違行為については概ね否認ないし争う。被告が主張する原告の非違行為の殆どは組合活動に関する行為であり、それを懲戒解雇の正当化の根拠として用いることは、不当労働行為に該当する。
<2> 本件処分のように、懲戒事由の存在が否定される場合には、被告主張の非違行為の事実が存在したとしても、これを本件処分の正当化の根拠として用いることはできない。
(二) 被告
(1) 本件処分を決定する際に考慮した被告の非違行為
懲戒権者は、どの懲戒処分を選択するかを決定するにあたっては、懲戒事由に該当すると認められる行為を考慮すべきことはもちろん、さらに、当該職員のその前後における態度、懲戒処分等の処分歴諸般の事情を斟酌することができるのであり、被告においては、本件処分を決定するに際し、原告の次の非違行為を考慮した。
<1> 土橋区長は、昭和六二年四月六日午後三時三九分ころ、国労青森車掌区分会の掲示板に掲出してあった選挙ポスターが、就業規則により掲出を禁止された政治活動を目的とするものに該当することから、青森車掌区ロッカー室において、原告に撤去するように注意したところ、原告は、「そんなことはない、我々は当局と対等だ、区長、暗やみに気を付けろ。」と怒鳴った。
<2> 原告は、同年六月五日午後一〇時二〇分ころ、翌日の早朝勤務のため青森車掌区乗務員宿泊所に宿泊に来た上、当務区長の神助役に対し、「勤務指定の順序がおかしいではないか、いつになったら所定乗務のハナにあがるのか。」と怒鳴り、これに対し、同助役が「ハナに上がるのはわからない。後で返事する。」と言ったところ、原告は、同助役がその担当でないため答えられないことを知っていたにもかかわらず、乗務割表を乗務割表板から外し、同助役の方へ投げた上、「管理者一体でありながら、当務区長としてそんなこともわからないのか。」と乗務割表板を右手で叩きながら怒鳴った。
<3> 被告盛岡支店では、被告設立の際その企業理念に基づき定められた三項目の指針を唱和することを定めていたが、原告は、同年七月一五日午後零時五三分ころ及び同月二二日午後雰時四九分ころ、いずれも第五三六列車乗務点呼の際に、鈴木助役から指針の唱和をするように注意されたにもかかわらず、これに従わなかった。
<4> 同年九月一八日午前六時三分ころ、ホーム特別改札の乗務点呼に際して、原告が指針の唱和をしなかったため、横山助役が唱和するように注意したところ、原告は、「知らねえじゃー」と言い返したので、同助役が言葉に注意するよう話したところ、原告は、「最近、態度が大きい。」と更に言い返した。
<5> 同年一〇月三日午前五時五八分ころ、葛西助役が、当日出勤予備の木村車掌に、運転報の製本を指示していた際、原告は、突然「出勤予備者に雑務をさせていいのか。休養の適正、適正と言いながら何を言ってるんだ。」と大声で怒鳴ったので、同助役は、「運転報の製本は当たり前のことだ。」と言ったところ、原告は、「何言ってるんだば、貴様、何様だと思ってるんだ。」と興奮してまくしたてた。その後、同助役が、原告に勤務に必要な車内補充券と同ケースを渡したところ、原告は、一旦受け取った後に、同ケースを同助役の方に投げ付けたが、同ケースは幸いにも同助役には当たらず、当直補助席の後方に落下した。
その後、土橋区長は、同月六日午前一〇時四分ころ、区長室において、原告に対し、右の行為について厳重に注意したところ、原告は、「俺はそんなことはやっていない。」と平然としてうそぶいた。
<6> 同月七日午前六時ころ、ホーム特別改札の乗務点呼の際、原告が指針の唱和をしなかったので、横山助役が注意したところ、原告は、「耳も悪いのか、頭が悪ければ耳に来る。」と言ったので、同助役が言葉遣いに注意するように言ったところ、原告は、「ふん。」と言って乗務員室へ行った。
また、同月一五日午前六時四〇分ころ、ホーム特別改札の乗務点呼の際にも原告は唱和をしなかったので、鈴木助役が注意したが、原告は最後まで無言だった。
<7> 同年一一月五日午後一時一八分ころ、ホーム特別改札の乗務点呼の際、他の車掌が普通に指針を唱和しているのに、原告が他の車掌の唱和を妨害するように指針をゆっくりと区切って唱和したので、点呼立会中の船水首席助役が皆に合わせて唱和するように注意したところ、原告は、「指針の唱和は点呼と関係がないではないか」と言った。さらに、原告は、船水首席助役に対し、奈良岡車掌をホーム特別改札に指定した理由の説明を求めたり、同首席助役を点呼立会から外さなければ指針を唱和しないなどと言って、故意に点呼を長引かせたため、自分が乗車すべきであった列車に乗車できなくなり、後発の列車で出発した。
<8> 原告は、昭和六三年一月二八日午前八時三〇分ころ、青森運転所に除雪等のため助勤中であったが、始業点呼の際、原告を除いて全員が起立の合図により起立していたにもかかわらず、原告一人が椅子に座って動こうとしなかったので、齋藤助役が起立するよう指示したところ、原告は、横を向いて動かず、再三注意されてようやく起立したが、横を向いて立ったので、同助役が正面を向くように注意したところ、原告は、更に顔を後側に向けたので、同助役が再度正面を向くように注意したが、原告は、最後までそっぽを向いていた。
原告は、翌二九日午前八時三〇分ころ、前日と同様に始業点呼を受けたが、相変わらず椅子に座ったまま横を向いていたので、齋藤助役は、前日と同様に注意し点呼を終了した。点呼終了後、同助役が原告に横を向いていた理由を尋ねたところ、原告は、「別に。」と言ったきり、何も話さなかった。
<9> 同年二月一日午後三時三〇分ころ、原告外約七名が、助勤で青森運転所に出勤し、洗浄庫入口通路の除雪作業を終了して休んでいたところ、齋藤助役は、気動車運転士から積雪が多く危険であるとして除雪を要求されていた線路の除雪を次の作業として原告らに指示し現場に同行した。原告は、その途中、同助役の直前に立ちはだかり、スコップを原告の肩の高さまで振り上げて、除雪を要請した気動車運転士について「誰だ、名前を言え、乗務員をここへ連れてこい。」と怒鳴り、同助役の足元にスコップを突き刺した。
(2) 本件処分の正当性
被告の就業規則一四〇条には懲戒の対象となる行為を、同一四一条には懲戒の種類として懲戒解雇、諭旨解雇、出勤停止、減給又は戒告の各処分を規定しているとろ、懲戒事由に当たる行為をした社員に対し、被告が右の各処分のうちどの処分を選択するかを決定するに当たっては、懲戒事由に該当すると認められる行為の外部に表われた態様の他、右行為の原因、動機、状況、結果等を考慮すべきことは勿論、さらに当該社員のその前後における態度、懲戒処分等の処分歴、社会的環境、選択する処分が他の社員及び社会に与える影響等諸般の事情を総合考慮した上で、被告の企業秩序の維持、確保という見地から考えて相当と判断した処分を選択すべきであるが、どの処分を選択するのが相当であるかについての判断は、右のようにかなり広い範囲の事情を総合した上でなされるものであり、しかも、被告の就業規則では処分選択の具体的基準が定められていないことを考えると、右の判断については懲戒権者の裁量が広く認められているというべきである。
これを本件についてみると、被告は、国鉄を分割した上、国鉄が経営していた本州の東日本地域の旅客鉄道事業を引き継ぎ設立された株式会社であるが、国鉄は、分割民営化への準備を推進するために職場規律の確立を基本方針の一部として取り組んできたものであって、国鉄の分割民営化後の被告においても、公共輸送機関としての使命を全うし、業務における運行の正確性と安全性の維持を図るためには、特に強力かつ正確な指揮系統の確立が必要であり、職場規律と職制上の統括は最重要であり不可欠であった。そして、青森車掌区乗務員室は、第一線の乗務に関する点呼による指揮伝達が行われる場所であるとともに、その他金銭的取扱等諸々の業務が行われる枢要な場所であり、原告は、そのことを知悉していたにもかかわらず、事件当日、右乗務員室において、かなりの大声で繰り返し同僚をなじり、点呼中であったことから原告の右言動をいさめる上司に暴言を吐き、さらには重ねて暴行、傷害に及んだのであるから、それのみで懲戒事由に該当するというべきである。そして、原告の右行為は職場規律を乱すものであり、偶発的なものではなく、執拗に行われていること、原告は、暴行、傷害行為については否定していること及び原告の過去の非違行為歴に照らせば、懲戒解雇に際し情状を考慮する必要性も妥当性もない。
したがって、被告の本件処分は正当であって、なんら裁量権の濫用となるものではない。
(3) 原告の主張に対する反論
原告は、本件処分にあたり原告に弁明の機会を与えなかった手続の瑕疵があると主張するが、土橋区長は、原告に弁明の機会を与えていたし、被告盛岡支店人事課においては原告から事情聴取をしなかったが、それは原告が陳述書や警察において暴行行為について否認していることから、原告に弁明の機会を与えても無駄であると判断したからであり、結局、右判断は正当であったから、原告の主張は理由がない。
また、原告は、本件処分が拙速であったと主張するが、本件においては多数の目撃者の供述と医師の診断により容易に懲戒事由の存在が認められ、これに原告の非違行為、職場規律の維持の必要性等を考慮すれば、本件処分の選択は容易であり、かつ迅速な決定ができたのである。
さらに、原告は、本件処分には不当労働行為性があるとも主張するが、右主張は本件とは全く無関係であり、主張自体失当である。
第三争点に対する判断
一 争点1(本件処分事由の存否)について
1 証拠によれば、次の事実を認めることができる。
(一) 原告は、昭和四一年四月一日国鉄に雇用されて盛岡鉄道管理局一ノ関管理所運転科に配属され、昭和五五年二月からは青森車掌区の車掌として勤務し、被告設立後被告に雇用されて引き続き青森車掌区の車掌として勤務していた(争いがない。)が、本件処分当時は、車掌としての業務からはずされて、青森運転所構内の除雪作業に従事していた(<証拠略>)。
(二) 原告は、昭和四二年一一月から国労に加入し、分会の執行委員や支部の執行委員等の役職を経て、昭和五五年に青森車掌区分会の副分会長になり、昭和五七年からは同分会の分会長をしていた(<証拠略>)。
(三) 原告は、昭和六三年二月一〇日午後、青森車掌区に勤務している母校(高校)出身者の同窓会に出席するため青森市内の浅虫温泉にある旅館へ出掛け、同日夜は同旅館で行われた懇親会の席で飲酒した上、同旅館に一泊し、翌一一日午前七時頃起床して入浴後朝食をとり、その際にビールと日本酒を飲んだ。そして、原告は、同日の昼過ぎに同旅館を出て青森駅に着き、青森市柳川一丁目三番四号所在の被告盛岡支店総合事務所一階にあるグリーン車用のおしぼりの作業をしている詰所にいる国労の組合員の所に立ち寄った後、二階の青森車掌区乗務員室に上がった(<証拠略>)。
(四) 原告が、乗務員室に入っところ、国労を脱退した車掌の大山秀平が在室しており、原告は、同人が労働金庫から借金をするにあたり国労が世話をしたにもかかわらず、組合には世話になっていないから国労を辞めたと話していたと聞いたことから、そのことについて同人を大声で執拗になじり始めた。そこで、乗務員室とカウンターを挾んで隣り合っている当直室にいた清沢貢助役が、原告に対し、「職場で騒ぐな。出て行ってくれ。」と注意したところ、原告は、「何を、本当のことを言っているだけだ。」と言って乗務員室から隣のロッカー室へ行った。その後、横山武雄助役が、高村俊司車掌に対し、列車乗務のための点呼をしていたところ、原告が乗務員室に戻ってきて再び大山車掌を大声でなじり始め、点呼の邪魔になったので、横山助役が、原告に対し、「うるさい、静かにしろ。」と注意すると、原告は、「何」と一言発しながら、紙を丸めたものを横山助役に向けて投げたが当たらなかった。横山助役は、原告に対し「なんで物を投げるんだ。」と問い質しながら原告に近づいたところ、原告は、同助役の胸倉を掴み「こっちに来い。」と言ってロッカー室の方へ引っ張って行こうとしたので、横山助役は、掴まれていた手を振りほどいたが、なおも原告と揉み合いとなった。そこで、周囲にいた葛西卓爾助役、清沢助役らが止めに入ったところ、原告は、葛西助役に対し「葛西、おまえ俺の相手をするのか。」と言って、同人の右上腕部を強く掴んでロッカー室の方へ連れて行こうとした。葛西助役は、掴まれていた手を振りほどいたものの、原告の右暴行により、加療一週間を要する右上腕挫症の傷害を負った。
その後、原告は、一旦乗務員室を出てトイレに行った後、再度乗務員室へ戻り、横山助役の座っている当務区長席脇のカウンターのところに来て、乗務割表板を入れてある棚からベニヤ板製の乗務割表板(大きさ二八・四×三九・五×〇・四センチメートル、重さ五〇〇グラムのもの)を取り出して、乗務割表板のバインダーに挾まれている乗務割表を見ていたが、いきなり、横山助役に対し、「横、いきがるなよ。」と言ったので、同助役が「横とは何だ。」と言い返したところ、原告は、同助役に対し、持っていた乗務割表板を左手で水平に投げ付けた。横山助役は、身体を左に傾け、頭を下げてこれをかわそうとしたがかわし切れず、右乗務割表板が同助役の頭頂部に当たり、加療一〇日間を要する頭頂部打撲血腫の傷害を負った。横山助役は、カウンターを飛び越えて、乗務員室から出て行こうとしている原告を追い掛けて呼び止めたところ、原告は、振り向きざま同助役に対し右手拳で殴りかかろうとしたが、同助役がかわしたため当たらなかった。その後両者は揉み合いとなったが、周囲にいた社員らによって引き離された(以下、原告の右一連の暴言、暴行を「本件暴行行為等」という。)(<証拠・人証略>)。
(五) その後、鉄道警察隊による捜査が始まったが、原告は、すでに乗務員室を退室していた。土橋守夫青森車掌区長は、車掌区の関係者から原告の暴行事件について報告を受けた後、同日午後五時五一分ころ、原告から事情を聞くために原告の自宅に電話をしたところ、原告は、暴行事件については知らないとの一点張りであり、土橋区長が事情を直接聞きたいから職場に出頭するよう要請したのに、結局、原告は、その日は職場には顔を出さなかった。
翌一二日午前八時五八分頃、土橋区長は、当日は非番であった原告の自宅に電話をかけ、暴行行為をしていながら謝る気がないのか、始末書を書く気がないのかと言ったところ、原告は、暴行行為はやっていないので始末書を書く気はない旨答えたので、土橋区長は、一〇時まで待っているから直ぐに出頭するように伝えたが、原告は、同区長のところへ出頭しなかった。
原告は、同月一四日、青森車掌区の勤務に戻されたことから同車掌区に出勤し、土橋区長に求められて始末書を書いたが、暴行行為については否認していた(<証拠・人証略>)。
(六) 被告の社員管理規程によれば、被告の社員等の懲戒等は社長が行うが、盛岡支店に所属する社員のうち部長、課長、総合訓練センター所長及び室長を除いた部下社員についての懲戒等は盛岡支店長が代行する旨定められており(<証拠略>)、小野盛岡支店長は、右規程に従い、同月二五日、原告に対し、本件処分をした(争いがない。)。
2 右認定事実に関し、原告は、「持っていた紙を丸めて横山助役に投げ付けた点については持っていた紙を丸めて後ろ向きに放っただけであるし、横山助役と揉み合いとなった際に止めに入った葛西助役に対し右上腕を掴んで傷害を負わせた点についても、そのような暴行を加えたことはなく、仮に、そのような事実があったとしても、悪意をもってしたものではないから「暴行」といえるような行為ではない、また、乗務割表板を横山助役に投げ付けて頭頂部に傷害を負わせた点については、乗務割表板を棚から取り出して棚の上に置いて見ようとしたところ、手元が狂い乗務割表を挾んでいた乗務割表板が棚の上部にぶつかって、乗務割表板が、横山助役の座っていた当務区長席に落ちてしまったもので、その際に横山助役に傷害を負わせてしまったが、それは過失に基づくものであって、故意に横山助役に乗務割表板を投げ付けたものではない、さらに、追い掛けてきた横山助役に殴りかかった点については横山助役の呼び止める声に振り向いただけで、殴りかかったことはない」とそれぞれ主張し、(証拠略)及び原告本人尋問の結果(以下、「原告本人の供述等」という。)がある。
しかしながら、被害者である横山助役及び葛西助役のみならず、当時、乗務員室にいた大山車掌及び高村車掌は、同人らが事件発生後に作成した供述書や本件の法廷における証言において一貫して、原告が横山助役に対し丸めた紙と乗務割表板を投げ付けたことや殴りかかろうとしたこと及び葛西助役の腕を掴んでロッカー室へ連れて行こうとしたことを肯認する供述をしており、その他、同じく乗務員室にいた清沢助役、小松助役、泉澤車掌、猪股車掌及び山田車掌も、原告の右一連の行為の全部又は一部を目撃した旨の供述書を作成しているのであって、このように、本件発生当時、乗務員室にいて本件を目撃した多くの者が一致して原告の右暴行行為を認めていることからすれば、原告が横山助役に対し紙や乗務割表板を投げ付けたり殴りかかろうとしたこと及び葛西助役の右上腕部を掴む暴行を加えた事実を優に認めることができる。さらに、原告と同じ国労の組合員であり本件発生当時乗務員室にいた大澤正義車掌は、原告が横山助役に「うるさい。」と言って紙屑を投げたようだ(<証拠略>)とか、原告と横山助役が向き合った形になったときに原告が右手拳をあげて横山助役に殴りかかった(<証拠略>)というように本件暴行行為等の一部を目撃した旨の供述書を作成し、全面的に原告の主張に沿った内容の供述書は作成していない。なお、大澤正義の供述書(<証拠略>)の下書には、原告は「交番表(板のついたもの)を横山助役に投げつけた」との記載があったが、同人が供述書の下書を持って国労青森支部執行委員長石井不二男に相談した結果、右下書部分は削除された(<証拠・人証略>)。
そして、原告本人の供述等を前記目撃者及び被害者の証言等並びに大澤正義の右供述書と対比すると、原告本人の供述等の信用性は後者の信用性より格段に劣っているといわざるをえない。また、他の社員が勤務中である乗務員室において紙を後ろ向きに放るという行動をとること自体不自然であるし、葛西助役の右上腕部の傷害となるような暴行を加えたのは原告のみであることからしても、原告本人の供述等の信用性には疑問がある。さらに、乗務割表板は、原告が乗務割表板を棚から取り出した位置から横山助役の頭頂部に当たった上、約四・五ないし四・八メートル離れた位置に落ちている(<証拠・人証略>)。この事実を、原告本人の「乗務割表板を棚から取り出して棚の上に上げて見ようとしたところ、手元が狂い乗務割表を挾んでいた乗務割表板が棚の上部にぶつかって横山助役が座っていた当務区長席に落ちてしまった」との供述等で説明することは不自然・不合理であり、むしろ、高村車掌及び大山車掌らが供述しているように、原告が乗務割表板を横山助役に向かって投げ付けたためであると説明する方が合理的である。
また、原告は、横山及び葛西両助役と大山車掌らの各供述が原告の暴行の態様について必ずしも一致していないことをもって、被害者や目撃者の供述は信用できないとも主張するが、原告の本件の一連の暴行行為はいずれも咄嗟の出来事であったのであるから、被害者や目撃者において、原告の本件暴行行為等を逐一子細に目撃、記憶することは困難であり、これらの者の供述に原告がどちらの手で葛西助役の右上腕部を掴んだとか乗務割表板を持った等の点に一部食い違いがあったとしてもこれをもって、被害者及び目撃者らの供述の信用性を否定することはできない。
以上のことからすれば、原告本人の供述等のうち前記認定に反する部分はにわかに信用することができない。したがって、原告の右主張は理由がない。
3 次に、前記1で認定した原告の行為が懲戒事由に該当するか否かについて検討する。
被告の就業規則一四〇条三号は、「職務上の規律を乱した場合」を、同条一二号は、「その他著しく不都合な行為を行った場合」を懲戒事由として定めている(<証拠略>)。労働者は、労働契約を締結して雇用されることによって、使用者に対して労務提供義務を負うとともに、企業秩序を遵守すべき義務を負い、使用者は、広く企業秩序を維持し、もって企業の円滑な運営を図るために、その雇用する労働者の企業秩序違反行為を理由として、当該労働者に対し、一種の制裁罰である懲戒を課することができるものであるところ、原告が昭和六三年二月一一日の青森車掌区乗務員室において、大山車掌に対し大声でなじり同室で行われていた乗務点呼を妨げ、これを注意した横山助役に対し所持していた紙を投げ付けた行為、そのため横山助役と揉み合いとなり、これを制止した葛西助役の右上腕部を掴んで傷害を負わせた行為、横山助役に対し「横、いきがるなよ。」と言った上、乗務割表板を投げ付けて傷害を負わせた行為、追い掛けてきた横山助役に対し殴りかかった行為は、企業の円滑な運営に支障を来す企業秩序違反行為であり、右就業規則一四〇条三号の「職務上の規律を乱し売場合」、同条一二号の「その他著しく不都合な行為を行った場合」の各懲戒事由に該当するというべきである。
二 争点2(懲戒権の濫用)について
1 被告の就業規則一四一条によると、懲戒処分として懲戒解雇、諭旨解雇、出勤停止、減給及び戒告の五種類が規定されている(<証拠・人証略>)が、懲戒事由に該当する行為をした職員に対し、右五種類の処分のうち、具体的にどの処分を選択すべきかについては、その基準を定めた規定はなく、懲戒権者の裁量に委ねられていると解するのが相当である。したがって、懲戒権者としては、懲戒事由に該当すると認められる行為の外形的事実のほか、その行為の原因や動機、状況、結果だけでなく、当該職員のその前後における態度、懲戒処分歴、社会的環境、選択する処分が他の職員及び社会に与える影響等諸般の事情を総合考慮し、企業秩序の維持を確保する見地から相当と判断した処分を決定すべきものと解されるから、右の懲戒権者の裁量権の範囲は広く、懲戒権者がその裁量権を行使して行った処分は、社会通念上合理性を欠くものでない限りその効力を否定することはできないというべきである。もっとも、懲戒処分のうち懲戒解雇処分は、他の処分と異なり、職員の地位を失わせるとともに退職金も支給しないという重大な結果を招来するものであるから、懲戒解雇処分の選択に当たっては、他の処分の選択に比較して特に慎重な配慮を要することはいうまでもない。
そこで、以下、本件処分が懲戒権の濫用に当たるか否かについて検討する。
2(一) 原告の本件暴行行為等の態様、結果は、前記一1(四)で認定したとおりである。
(二) 被告は、鉄道事業を軸とした会社であり、安全・正確な輸送を企業理念の一つとしていた。そして、列車の運行にあたっては、青森車掌区乗務員室において、当務区長が、これから列車に乗務する車掌に対し、運行行路に関する情報、安全管理、旅客サービスのための行動等の指令等の業務(乗務点呼)を行うとともに、乗務を終えた車掌から右各事項について事後報告の受理等の業務(帰着点呼)を行うという方法で、安全・正確な列車の運行を図っていた(<証拠・人証略>)。
(三) 原告には、被告設立後本件発生以前に、土橋区長から国労青森車掌区分会に提出されていた選挙ポスターを掲出が禁止されているものであるから撤去するよう注意されたのに対し、「区長、暗やみに気を付けろ。」と怒鳴って暗に土橋区長を脅迫し、あるいは、勤務指定や運転報の製本を巡って乗務割表や革製の車補ケースを助役に向かって投げ付けたりし、また、乗務点呼に際し、被告の盛岡支店長の通達により点呼の場において全社員が唱和するよう定められていた指針を唱和せず、その度に助役から唱和するように注意されたが、結局、唱和しなかったということが数回あり、さらに、始業点呼の際に助役から起立するように注意されながら、すぐに従わなかった等第二、三、2(二)(1)において被告が主張する<1>ないし<9>の非違行為があった(<証拠・人証略>(一部))。
3 右のとおり、本件処分の事由となった原告の行為は、休日(非番)に酒気を帯びて職場に赴き、管理者に対して暴言と暴行行為を加え、二名を負傷させたというものであり、暴行の態様は執拗で、被害者らに傷害も負わせていることからすると、悪質というべきであり、また、管理者に対して暴言及び暴行行為が加えられたことは、企業秩序を乱すこと甚だしく、職場規律に反すること著しいものであるとともに、被告が企業理念の一つとしていた列車運行の安全の基幹である業務点呼を妨害したこと、原告は、職場を騒がせたことは認めてはいるが、本件暴行については否認し、十分な反省の態度が見られなかったこと、被害者である管理者らに落度はなかったこと、原告には被告設立後本件発生以前にも多数の非違行為歴があったことは、原告において職場規律に服し、管理者の指示命令に従い、企業秩序を遵守するという姿勢を欠いていることを示すものであることを総合考慮すれば、原告の責任は重大であり、懲戒解雇処分の選択に当たっては他の処分に比較して特に慎重な配慮を要するものであるとしても、被告が原告に対し懲戒解雇を選択して本件処分に及んだことは、誠にやむをえないことというべきであり、社会通念上合理性を欠くものということはできない。
したがって、本件処分には、懲戒権の濫用があり、本件処分は無効であるとの原告の主張は理由がない。
なお、被告設立前の国鉄当時における原告の非違行為歴と乗務等懈怠の勤務態度は、使用者である企業体を異にする労働契約下のものであるから、本件処分につき解雇権濫用の存否を判断するうえでこれを考慮しないこととした。
4 原告は、本件処分の著しい不均衡、手続の拙速性、不当労働行為性、非違行為を本件処分の正当化の根拠とすることの不当を理由に、本件処分は懲戒権の濫用にあたると主張するので、以下、右の点について判断する。
(一) 本件処分は著しく均衡を欠いているとの主張について
原告は、本件処分が著しく均衡を欠く理由として、<1>本件処分の理由となった原告の本件暴行行為は存在しない、<2>原告が、酒気を帯びて青森車掌区に赴いた行為は決して好ましい行為ではないが、原告は、当日非番であった、<3>原告は、非番が明けた昭和六三年二月一四日には始末書等を書いて反省している、<4>原告は、被害者との示談も成立していなかったにもかかわらず不起訴(起訴猶予)処分となった、<5>被告の盛岡支店管内における業務中の職員間の暴行事件は、本件以外にも数件あり、その中には、一般乗客が多数いる面前でなされたものもあるのに、懲戒解雇処分となったのは原告のみであることをあげている。
しかしながら、本件処分の理由となった原告の本件暴行行為等が存在することは前記認定のとおりであり、また、被告が本件処分を選択した大きな理由は原告の本件暴行行為等が職場の規律を乱し、職務上著しく不都合な行為に該当することにあるところ、原告が非番であったことは本件暴行行為等を何ら正当化するものではないこと、原告は非番が明けた昭和六三年二月一四日には始末書等を書いているが、本件暴行行為等については否認していたことは前記認定のとおりであり、したがって、原告の反省は十分なものではなかったのであるから、原告の右<1>ないし<3>の主張はそもそも理由がない。また、原告は本件について起訴されず不起訴処分となったが、刑事上の処分と民事上の処分とは別個の手続であるから、原告が不起訴となったことをもって、直ちに本件処分が懲戒権の濫用にあたるということはできないし、被告の盛岡支店の管内において、被告社員が飲酒の上被告運行のバスの車内で乗務員に対し指図をしたり、乗務員から静かにするよう注意されるや乗務員に対し暴行を加えたという事件が発生し、右社員については一〇日間の出勤停止処分がされたことが認められるが(<証拠・人証略>)、原告の本件暴行行為の態様、結果及び被告設立後の原告の非違行為歴に照らせば、右事件と比較しても、本件処分を懲戒権の濫用にあたるとまでは認められないから、原告右<4>及び<5>の主張も理由がない。
(二) 本件処分の拙速性の主張について
原告は、土橋区長や被告の盛岡支店が原告から事情をまったく聴取することなく本件処分を行ったことは、その手続に瑕疵があると主張する。
しかしながら、被告において懲戒処分をするにあたり、賞罰審査委員会の審査の段階で必要があると認めたときは関係社員を出席させることができるとの規定はあるが、被告ないし盛岡支店長が必ず被処分者の意見を聴取すべきことを定めた規定はないこと(<証拠・人証略>)、土橋区長は、本件発生の当日から原告に弁解の機会を与えており、現に原告は、その後青森車掌区に出勤した上、始末書を書いていること、被告の盛岡支店が直接原告から事情を聴取したことはなかったが、本件については多数の目撃者がいたこと、原告の本件に対する供述内容は青森車掌区から報告を受けていたこと(<証拠・人証略>)からすれば、被告の盛岡支店が直接原告の弁解を聞かなかったことに特に問題はなく、したがって、原告の右主張は理由がない。
また、原告は、懲戒処分は賞罰審査委員会における賞罰審査を経て決定されることになっているが、原告に対する本件処分は、賞罰審査委員会を開催できない事情がないにもかかわらず持ち回りで審査された上、決定されたものであるから、慎重さを欠く不適切な手続であるとも主張するが、被告の盛岡支店においては、盛岡支店賞罰審査委員会要項(<証拠略>)により、支店長の社員等に対する行賞及び懲戒については予め盛岡支店賞罰審査委員会の審査を経ることになっているところ(一条)、右規定は被告の内部規定であるが、支店長の諮問機関としての右委員会の審議の方法は、委員会の構成委員が一堂に会して行う場合と人事担当者が個々の構成員に対して持ち回りで行う場合とがあり(<証拠略>)、本件において、審議の方法として、持ち回りによる審議を経た上、盛岡支店長が本件処分を選択したことに特に問題はないというべきである。
したがって、原告の右主張は理由がない。
(三) 本件処分が不当労働行為性を有しているとの主張について
原告は、本件処分は、国労の組合員である原告を青森車掌区から排除して、国労組織を弱体化させる意図の下になされたもので、不当労働行為性があると主張しているが、本件は、前記認定のとおり、原告が青森車掌区乗務員室において、職場の上司らに対して暴力を加えて傷害を負わせる等したという事案であって、被告が懲戒解雇を選択したことは社会通念上合理性を欠くとはいえないものであり、原告が、国労青森車掌区分会長として国労の指導的立場に立っているとしても、それだけでは本件処分が不当労働行為性を有していると認めることはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
したがって、原告の右主張は理由がない。
(四) 非違行為を本件処分の正当化の根拠とすることは不当であるとの主張について
原告は、本件処分には懲戒事由が存在しないから、被告主張の非違行為の事実が存在したとしても、これを本件処分の正当化の根拠として用いることはできないと主張するが、懲戒事由が存在することは前記認定のとおりであるから、原告の右主張はそもそも理由がない。
また、原告は、原告の非違行為の殆どは組合活動に関する行為であり、それを解雇の正当化の根拠として用いることは不当労働行為に該当するとも主張するが、前記認定の原告の非違行為が組合活動として正当化されるものとは到底認められないから、原告の右主張も理由がない。
(五) 以上のとおり、原告の右各主張はいずれも理由がない。
第四結論
以上の次第で被告の本件処分は有効であり、原告の本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとする。
(裁判長裁判官 小野剛 裁判官 佐藤道明 裁判官 田邊浩典)